「海外留学できないから英語話せない」は言い訳だ!
日本英語界の巨匠・松本道弘先生が3月14日にお亡くなりになられるという悲しい知らせが入ってきました。82歳でした。
テレビ番組に出演したり、数々の英語に関する著書がある方なので、英語に関連する仕事、あるいは英語を勉強している方であれば、その名前をお聞きになったことがあるかもしれません。
英語界の巨匠として、長年多くの英語学習者に影響を与え続けてきた松本先生は、我々よりずっと前の世代の方であり、普通の人はなかなか海外に行く機会もなく、英語を耳にすることもほどんどなく、したがって英語を話せる人もあまりいない時代に生まれ育ったのに、国外へ一歩もでず、ネイティブスピーカー級の英語をマスターされた方でした。
純国産英語スピーカー『私はこうして英語を学んだ』の衝撃
松本道弘先生は、1940年(昭和15年)大阪生まれ。英語放送にすら触れることが難しかった時代に海外渡航の経験無し・独学で英語力を磨き、アメリカ大使館同時通訳者を経て、NHK教育テレビ「上級英会話」講師を務め全国区で有名に。関西で生まれ育ちで、海外に一歩も出ずにネイティブスピーカーから「お前はネイティブか?」と言われるほどの域に達するまでの半生を綴った昭和54年発刊の自伝「私はこうして英語を学んだ」は当時ある意味衝撃的で、大変話題となったそうです。
英語修得を、武道のように「道」を求め修行する姿になぞらえ、級から段へランキングで評価する「英語道」を提唱し、日本国内で高い英語力を目指す人達に大きな影響を与え続け、門下生から英語のエキスパートとして活躍する人材も数多く輩出してきました。
また、予備校の有名講師の安河内哲也氏や同時通訳で「パワー音読」著者の横山カズ氏、トーストマスターズ英語スピーチ世界4位の田村直樹氏らも参加し話題となった異文化コミュニケーション検定「ICEE」の開発や、日本にディベートを広めたことでも有名です。
著書は『日米口語辞典』『速読の英語』『速聴の英語』『Give とGet』『腹芸』『超訳 武士道』など英語教育や日本文化に関する著書が140冊ほど。
「海外経験無いから英語話せない」は言い訳でしかない時代になった
人は前例ができると勇気づけられるもので、松本道弘登場以来、日本国内だけで独学で英語をマスターし、通訳者などになって英語を使って活躍する人が数多く出てきました。最近でいうと代表例は横山カズ氏などでしょう。
これは、ちょうど100メール走である人が「10秒の壁」を破ると、そのあと9秒台で走る人がどんどん出てきたのとある意味同じような原理が働いたのだと思います。
僕も若い頃に読んだ「私はこうして英語を学んだ」に衝撃を受け、英語を真剣に学び始めました。松本先生はもちろん英語の技術論についても語っていますが、それ以上に精神面で鼓舞されることが多かったように思います。
ちょうど僕が(今の前の仕事である)英語の通訳の仕事を始めた頃、幸運にも「名古屋英語道場」を通じ、松本先生とお会いし、セミナ―等で直接ご指導を受ける機会が訪れました。
当時の僕は下手な通訳なため毎日失敗の連続でしたが、今にして思えば、松本先生の「通訳は気迫だ!」的なご指導を励みに、落ち込んだりくじけそうになるのを乗り越えられたのだと思います。(本当は気迫だけでなく、もうちょっと勉強した方が良かったかもしれませんが・・・)
多忙な毎日「必要から生まれた」速読
松本先生は学生時代はESS(英語を話すサークル)に所属するも、柔道に打ち込んでいたため、他の部員に比べると十分勉強時間を取れなかったのが悩みだったとのこと。
卒業後は、大手商社に就職。社内では自分が英語を話せることを一切秘密にしていたためか、英語と全然関係ない経理部に配属。英語を使う機会は無し。計算すると昭和40年前後。ちょうど新幹線が開通し、(最初の)東京オリンピックが開催された頃。当時英会話ができる日本人なんてほとんどいなかったでしょう。海外旅行に行ける人もほとんどいない。普通なら「僕、実は英語ペラペラなんです」なんて言ったら社長や重役の海外出向に通訳として随行、となるところだったでしょう。
社外では、会社の人にばれないように毎週土曜日、英語ディベートの会を主宰。通勤電車の中では英文毎日(毎日新聞の英語版)を隅から隅まで読んでいたそうです。知的枠組みを広げるため、と洋書(当時は高かったでしょうね)と日本語の本、併せて年間100冊読破を目標にしていたそうです。学生時代から英語学習時間がなかなか取れず、社会人になってもあのモーレツ時代の商社ですから残業時間も相当だったに違いありません。そんな中で解決策として速読を編み出します。
松本先生の速読はフォトリーディングのように読み飛ばす速読法ではなく、きちんと文字に目を通しながら読む速読だっとようです。
これは本に書いてあることではなく、僕が直接松本先生からお聞きした話です。お酒を飲みながら、テーブルの上の右側に洋書、左側に日本語の本を置く。そしてストップウォッチで時間を測りながら本をめくって猛烈な速度で読んでゆく。速読でオーバーヒートしたのか、それとも酒で酔いが回ったのか、時折もうろうとなる意識を押さえながら、英語も日本語と同じ速度で読めるように鍛える、という修行をされていたことがあるそうです。(別にお酒飲まなくてもできるんじゃないですか?というツッコミもありますが)
「速読の英語」と言う本も松本先生の著書の中では世の中に影響を与えた本です。アメリカ大使館勤務時代に日系米国人スタッフに「TIME誌を隅から隅まで読んでおけば、通訳の準備なんか万全ですよ」と言われたのを真に受けて、毎週届くTIME誌をカバーツウカバー(表紙から裏表紙まで全ページ)を読むことを自らに課し、大阪から東京の新幹線の中で1冊を1時間で読んでしまったというエピソードもあります。
松本先生は日本のTIME誌の売り上げにだいぶ貢献したと思います。英語で通訳を志すような人がTIME誌の速読を試みるという時代がありました。
英語を読まずにボキャブラリーは増えない
「全然英語のボキャブラリーが足りない」「単語がわからない・・・」とお嘆きの方は少なくありません。僕が多くの英語学習者をみていて思うのは、「みんな全然英語を読むということをしないなあ」ということです。語学を上達させるには知識をインプットし、それをアウトプットできるように訓練するしかありません。インプットについて、単に習っている教科書とか、英会話教室のネイティブスピーカーの先生とかに教えてもらった単語やフレーズしかない、という状態の人が多過ぎるように思います。
僕に通訳の技能を教えてくださったのは、横井さんという松本先生の弟子筋にあたる方でした。その方も海外留学などせず、日本国内だけで英語を学ばれ英語の達人となり、先ほど触れたICEEで優勝、普段は翻訳者ですが、同時通訳者でもある方です。松本道弘メソッドをしっかり実践された横井さん曰く「英語のスピーキングを速読を通じたインプットで向上させるというのは画期的」
多くの方が読むことと話すことを切り離して考えがちだと思いますが、実はこの二つはつながっています。もちろん英語には音声面もあるので、ある程度発音やリスニングなど音声面をやった後という但し書きは必要ですが、速読によるインプットは強烈に効きますし、読まずして語彙を豊富にすることはほぼ不可能です。
海外留学などして日本に戻ってきた人で、英字新聞(インターネット含む)も読まない人はたいてい英語レベルが伸びるどころか、どんどん落ちてゆくように思います。もし速読とまで言える速度で読めなかったとしても、英語を読むことから英語の知識を得るということは外してはならないと思います。
壮絶、映画館での英語修行
僕が松本先生の本を読んで、学習法としてスゴイと思ったのは、読むことだけでなく、聴くということに関してです。
昭和40年代はテレビの二か国語放送もまだなく、英語が聴けるのは米軍基地から発信しているFEN(極東放送網。Far East Network・・・現在はAFN)のみでしたら、関西までは電波が届かず聞こえない。
唯一英語のリスニングを鍛える場所は、映画館。当時は現在のように入替・指定席制度ではなかったので、一度入ると何回でも観ることができました。そこで若き松本先生は、映画館を英語修行の場として選びます。朝から弁当を持って出かけ、柔道家で武道家の松本先生は、映画館に入るときには礼をして入ったとか。
映画を観ながら聞き取れたセリフとノートに書きとってゆくのですが、暗いので懐中電灯も必需品。映画館で丸1日過ごすわけです。時代が違うと言って片付けるのは簡単ですが、僕は、今日本で英会話を勉強する人は、このエピソードにおおいに学ぶところがあると感じます。
目標を達成はやる気しだい!
今の私たちは、英語の教材には音声が当たり前のようについてきますし、テレビの2か国語放送だけでなく、インターネットや、DVD・Amazon プライムやNexflixのようなストリーミングサービス、YouTubeなど、その気になればいくらでも英語を勉強する材料が身の回りにあります。
英語学習法も発達して、英語が聴けるようになる方法など親切に解説してくれるものもたくさん出ています。
それだけでなく、オンラインで格安のレッスンは受けられるし、(今は新型コロナウイルスでダメですが)、フィリピンなど格安で留学もできる。
これでまだ英語をマスターしたいけどなかなか身につかないと言っているのって、どうなんでしょう?
昔の人が全て正しいとは言いませんが、英語をやらなくちゃいけないとわかっているけど、勉強が進まない、と言っている方には、こうした先輩たちの気迫や工夫に学んでいただきたいと思います。
偉そうなことを言っているこの僕も(けっこうサボっていました。すみません)、これを機に、松本先生の著書を読み返して、原点に戻って精進したいと思いました。