英語教育界の第一人者達がTOEIC 990点ブームを叱る!
近年やたら目立つようになった「TOEIC満点」「TOEIC990点○回連続達成」という肩書き。「TOEICで満点ということは、その人の英語力はパーフェクトなんでしょ?」「990点ならネイティブと同等なの?」と、英語力発展途上の人達の妄想も必然的に膨らみます。
最初に言っておくと、TOEIC講師が、TOEIC問題研究のために受験を重ねること自体はプロフェッショナルとして素晴らしいことだと思います。ただ、TOEIC990点というスコア自体にどれだけの意味があるのか? TOEIC990点取れば英語を極めたことになるのか?
「東洋経済」誌で、TOEICには創設以来関わりを持つ英語学習法の第一人者・千田潤一氏と英語教育のスーパースター・安河内哲也氏の対談があり、その疑問に回答してくれています。ぜひ皆さんにご紹介したいと思います。
安河内氏は予備校の超人気講師で上智大学卒、TOEICはListening/Reading(通称LR)だけでなくSWテスト(speaking/writing)でも満点の肩書きを持つ。
千田氏も、英検1級、通訳検定1級など難関英語資格を持ち、通訳者としても第一線で活躍したことのあり、その時の自らの学習メソッドを元に英語トレーニングの第一人者として今も活躍中。
現在、英語学習メソッドしておなじみのディクテーションやリピーティング、シャドウイング、音読(特に和訳まで読む和訳音読)、音読筆写などを普及させたのは、千田氏の功績です。
この対談の中で出てくるが、千田氏のTOEICでの最高スコアは955点。これだけをみて、千田氏より安河内氏の英語力のほうが上だと言えるのか?
はたしてTOEICスコアは英語学習者の永遠の目標たりえるのか?
そもそもTOEIC発案者の本来の意図はどこに?
以下、「東洋経済オンライン」からの抜粋です。
(この中に出てくる「北岡さん」はTOEIC発案者である北岡靖男氏のこと。タイムライフ社東南アジア総支配人で、その英語力も通訳者の英語の誤りを指摘するほどの実力の持ち主だった)
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千田:実は私も英語の資格テストを、10ほど受けてすべて合格した時期があったのです。TOEICは955点でした。「北岡さん、次は満点取りますから」って言ったら、すごい勢いで怒られたんです。「そういう人間を作らないためにTOEICを作ったんだ! 」と言われてね。
「満点を取って喜んでいてはダメだ。指揮者の小沢征爾さん。TOEIC受けたら600点ぐらいだろう。でも、彼には指揮という仕事があって、それを英語で立派にやり遂げている。英語はそれぞれの目的に応じたレベルに到達すればいいんだ。TOEICは最低限の指標を示すためのminimum standard(最低基準)で、maximum standard(上限基準)ではない」と答えたんですね。
minimum standardということは、事あるごとに繰り返しずっと口にしていましたね。でも、今は誰もそんなことは言わなくなってしまった。関係者もね。
安河内:minimum standardを超えればOKだと?
千田:そう。「高いスコアの人が偉いなんてこともない。高ければ高いほどいいわけではない。満点がスゴいわけでもない。そういう風潮にならないように君を採用したのに、君がその最前線に向かっていってどうするんだ! 」と激怒されたというわけなのです。
安河内:じゃあ、TOEICの受験も以降はせずに?
千田:はい。満点目指すのはストップ。ほかの試験の受験もすべてストップ。だから僕のTOEICスコアは955点が最高なのです。
安河内:それでも、英語トレーニング指導者の第一人者として活躍されているし、英語のスピーチも、実際、お手の物ですものね。
千田:あ、でもその後、TOEIC Bridgeができたての頃に、TOEICに依頼されて受けてみたら、満点取っちゃったな(笑)。
北岡さんが亡くなる直前にこんなふうに言っていました。
「一生懸命TOEICを普及させてきたけれども、日本人が英語でコミュニケーションができないということを、拡大鏡で見せたにすぎない。残念でならない」
TOEICスコアの先にあるもの。minimum standardのスコアをクリアして、「英語を学んで使いこなせるようになれば、こんなすばしい世界が広がっているよ」と、夢描いた世界に飛び込んで生き生きと活躍する日本人を見るのが北岡さんの夢だったのに……。現実にはTOEICスコアで足切りをされて落ち込んでいる人がいる。一方でTOEICスコアが高いからという理由だけで、威張っている人もいる。
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さらに詳しくは、この対談を読んでいただきたいのですが、この中でTOEICの活用についてこんな言葉がありましたので抜粋紹介します。
三枝幸夫氏(もう一人のTOEICの発案者 早稲田大学元教授)
「730点を取ったらもう受けるな!」
「受けるよりどんどん使うべきだ」
千田潤一氏
「TOEICで730点を取ったらSWテストを受けて、発信の世界に羽ばたこう! 」
「『TOEIC990点○回連続取得』とかいう人がたくさん出てきましたね。So what? という感じです」
安河内哲也氏
「私の個人的な意見としては、800点を超えれば、805点であろうが990点であろうが、もう関係なし。800点超えしたらSWテストだけ受けるというのが、自然な英語力の伸びにつながっていくと思っています。でも現状としては、2000年代前半のTOEICのLRの勢いが強すぎたために、『990点満点』の威力というか呪縛からいまだに抜け出せないでいる。」
「LRだけでなく、Speaking Writing Test(通称TOEIC SWテスト)も受験すべき」
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スピーキング自体あるいは英語での情報発信に早くから目を付けた「英語道」の松本道弘氏は、ICEEという英語技能コンテストを毎年開いている。英語力を自慢したいなら、いっそそういったほうへ流れればいいのですが・・・。
通訳など英語を使って前線で活躍している人は、TOEICなどもう受けないでしょう。海外に住んで英語に全く不自由していない日本人も受けないでしょう。僕の勝手な推測ですが、「自分は英語が出来る」と思っているけど普段使わなくて、相対的に自分の力を確かめられず不安な人が「TOEIC990点」に飛びついているような気がしてなりません。そういった人も結局「話す」という力は全く発揮していないことに気づいてくれないといけないのですが・・・。
TOEIC対策を教える学校先生や講師だったら、「対策」に関しての力量を生徒や受講者に示すために、990点を売り物にするのも一つの手ではあると思います。自ら受験することで、効率の良い対策方法や出題の傾向をつかむことも、そういうニーズがある限り職業柄大切なことなのかもしれません。ただそれはあくまでもTOEIC対策という狭い世界での力量に過ぎないと思うのです。
TOEIC対策の第一人者であるロバート・ヒルキ氏も、著書「新TOEICテスト直前の技術」の付属CDの講義の中で、「TOEIC900点以上になったら、あとはプライドの問題だけ」と言っています。
TOEICには政治の話や国際紛争の話は出てきません。近年よく話題になる quantitative easing(量的緩和)など本格的な経済論も出てきません。僕の知る限り、殺人や凶悪な犯罪もTOEICの世界にはありません。倫理や人道、宗教や哲学にもTOEICはノータッチです。TOEICスコアを上げるための勉強材料といって英語のメディア(新聞・ニュース)等を利用することはあっても、TOEICの問題自体にはそれらのトピックに関連した語彙もあまり出ないし、ましてやそれらについて意見を述べるような力はTOEIC(Listening / Reading)では全く測れません。TOEICの目的はあくまでも日常生活や職場等で「最低限これぐらいはわかってくださいね」という感じで理解力を試すだけのテストなのです。
僕自身のTOEIC最高スコアは940点です。いまからもう15年ほど前のことです。今にして振り返ると、当時の自分の英会話力はひどかったですし、本や新聞・雑誌等もたいして読んではおらず、実際英字新聞は辞書無しでは読めなかったと記憶しています。最後のTOEIC受験後に自分が読んだり聴いたり書いたりした英語の量、海外で仕事をしたり、通訳業務で数年間しごかれたりして身につけた知識・スキルを考えると、今の僕とは雲泥の差があると自分で客観的に感じます。あえて点数を物差しにするならば、「あの頃940点だったら、今は1500点ぐらいないとおかしい」というのが正直な感覚です。
TOEICはあるレベルまでの英語の理解力を高めるのに使えば、非常に優れたテストだと思います。ただ、TOEICはいつまでも受け続けるものではなく、早く卒業して、もっと有意義なことに英語力を使うべきだと、僕もずっと考えて、周りの人にはそう言ってきました。
この千田・安河内両氏による対談は、これから英語を勉強してみようという人からTOEIC満点を目指している人まで、英語を学ぶ全ての人に読んでもらいたい内容です。以下のリンクからどうぞ。